
2000年までは全くの無名校。それが、このチームの始まりだった。国立は遥か彼方。
だが、鈴木雅人監督の就任からわずか3年で、彼らは全国への扉をこじ開ける。
以来、全国常連校として走り続けてきた。
その道のりは決して平坦ではない。
あと一歩で涙を飲んだ県予選、主力の負傷、不慣れなポジションへの挑戦――
だが、彼らは決して下を向かなかった。
「夢があるから強くなる」
監督の情熱に、選手も呼応する。
そこにあったのは、個の才能への依存ではなく、互いを補い合う強固な信頼関係だ。
「全員攻撃、全員守備」のサッカー。
耐え抜き、訪れる「一瞬」の勝機を逃さない。
その執念が、強豪ひしめくトーナメントを切り裂く刃となった。
25年の末に辿り着いた、国立の頂。
かつての無名校は、なぜこれほどの躍進を遂げたのか。
その「強さの核心」に迫る。




ピッチで問われるのは、目の前の1秒への覚悟。
サッカーの本質は「一瞬の判断の連続」にある。鈴木雅人監督は、数秒の遅れが勝敗を決するからこそ、練習のひと蹴りにも「人生最後のプレーとして納得できるのか」という覚悟を選手に問い続ける。
「未来への不安や過去の後悔は、今を全力で生きていない証拠だ」鈴木監督のこの言葉通り、選手権の土壇場で見せる驚異的な集中力は、日頃から「今、この一瞬」にすべてを出し切る訓練の賜物である。
この哲学の根底には、25年の苦闘がある。2001年、鈴木監督が鹿島学園に赴任した当時、チームは県大会で優勝もしたことがない、いわゆる「無名校」だった。実績も設備もない環境で、全国の頂点へ登り詰めるために鈴木監督が導き出した答えは、戦術以上に「一瞬に命を懸ける精神性」を植え付けることだった。
環境を嘆く時間は一秒もない。目の前の一歩をどう踏み出すか。その愚直な「一瞬の積み重ね」こそが、無名校を準優勝へと押し上げる唯一の道となったのだ。
鈴木雅人監督は、現役時代に東海大学でチームを作り、監督として初めてチームをマネジメントする。
その後他大学の監督も歴任し、鹿島学園からオファーをもらい、チームの指導に尽力している。
30年以上にわたる指導歴のなかで、全国大会出場回数は20回を超え、選手権・インターハイの常連校へと鹿島学園を押し上げた功労者である。
特に近年では、日本代表・上田綺世をはじめとするプロ選手の育成に尽力。
「選手を鍛えるのではなく、選手と向き合う」を信条に、技術だけでなく人間性をも育む育成方針を貫いている。

鹿島学園を支えたキープレイヤーたち

無名校から全国常連校へ 飛躍の真実
国立の頂へ

























